訪問日:2019年7月1日
掛川近郊に所用があり、6月30日は掛川市のホテルに宿泊。翌7月1日に少し時間があったので、掛川城を訪れることにしました。
大手門エリア
まずは大手門からです。といっても、実はホテルから天守を目指して歩いていると偶然大手門が目に入ったので、立ち寄ったのが真相です。訪問後調べると、平成7年(1995年)に復元されたものとのことです。
掛川城大手門礎石根固め石、掛川城大手門番所などがありましたが、興味深かったのは城主歴代です。朝倉筑後守宜正、北条出羽守氏重、太田備中守資俊の名があり、朝倉、北条、太田の名前が興味深かったです。
それらを見た後、逆川に沿って歩きます。逆川は掛川城の天然の堀だったことでしょう。また川の堤防沿いに、ゆりが植えられており、ゆりの花がとても綺麗なのが印象に残りました。
天守エリア
しばらくして、四足門に到着。門越しに天守も見え、良い感じです。
掛川城主要部模型があり、正保元年(1644)に幕府が諸大名に命じて提出させた城絵図と発掘調査結果を基本資料として、150分の1の縮尺で製作されたものだそうです。現在と比較して、現存しているもの、失われたものが分かるので有意義ですね。
掛川城天守閣・御殿入館券(410円)を購入し、本丸から天守丸に建つ天守を眺めた後、登城路を登って天守閣に向かいます。
すると天守の前に霧吹き井戸がありました。この井戸には以下の伝説があります。
永禄12年(1569)、徳川家康は今川氏真の立て籠もる掛川城を攻めました。この時、井戸から立ち込めた霧が城をつつみ、家康軍の攻撃から城を守りました。
この伝説は聞いたことがあり、当日は小雨が降る天候だったので、霧で覆われた掛川城をイメージすることが出来ました。
天守の中に入り、見学しながら最上階に到着。最上階はやはり眺めが良いです。
最上階には観光ガイドの方がおられ、旧東海道が通っていた場所、塩の道があり古くから掛川は栄えていたこと、掛川は水不足の土地であることなどを教えてもらい、また正保城絵図を見ながら、お城について色々教えてもらいました。城めぐりの楽しみはたくさんありますが、地元の方と色々話すというのも楽しみのひとつですね。
天守の次は御殿を見学。掛川城の御城印はこちらで配布しているとのことで、購入しました。掛川城の御殿は江戸時代後期の建物で、現存する4つの城郭御殿(二条城、川越城、高知城、掛川城)の一つで、大変貴重なものです。
最後に
掛川城は掛川駅から徒歩7分と近い場所にありますので、折を見て、これからも訪れようと思います。
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