シンポジウム「伊勢宗瑞の伊豆進出」を聴講しました

シンポジウム「伊勢宗瑞の伊豆進出」

訪問日:2019年12月1日
小田原城天守閣特別展「伊勢宗瑞の時代」の関連イベントとして、小田原市民会館小ホールでシンポジウム「伊勢宗瑞の伊豆進出」が開催されました。

シンポジウムは

  1. 家永遵嗣さんによる講演「伊勢宗瑞と明応の政変~戦国争乱の先駆けとしての伊勢宗瑞~」
  2. 齋藤慎一さんによる講演「戦国城館の誕生~伊勢宗瑞・上杉顕定の舞台~」
  3. 望月保宏さんによる講演「伊勢宗瑞の伊豆進出と城郭」
  4. 講演者の方々によるシンポジウム「伊勢宗瑞の伊豆進出」

から構成されており、どれも大変興味深い内容で、時間が午後1時から5時までと最初は少し長いかなと思いましたが、あっという間に時間が経過したという感じでした。

上記3つの講演から個人的に最も印象に残った家永さんの講演について書きたいと思います。

伊勢宗瑞と明応の政変

明応2年(1493年)、細川政元は足利義稙に背いて、堀越公方足利政知の子である足利義澄を足利家督に擁立した。伊勢宗瑞は同じ年、伊豆で足利茶々丸を攻撃し始めた。結果、宗瑞は新しく将軍になった足利義澄にとっての母の仇である足利茶々丸を討った忠臣となった。将軍の忠臣だったことが宗瑞の成功の秘訣になりそうなものだがそうならなかった。

足利義澄によって廃された前将軍足利義稙は北陸に逃れ、関東管領上杉顕定をはじめ、中部、関東の多くの大名が義稙を支持し、明応8年に義稙は上洛を画策し始めた。そこで、細川政元は山内上杉顕定、古河公方足利政氏を義澄支持派に誘い込んだ。山内上杉顕定らは義稙与党であると共に茶々丸与党でもあったから、政元は茶々丸在命中は顕定らと結ぶことが出来なかった。しかし、明応7年に茶々丸が宗瑞に敗れ自刃したことにより、細川政元が山内上杉顕定らと提携する条件が整い、東国の義稙支持勢力の多くが義澄支持に転じた。明応8年11月、義稙は上洛を試みて、失敗し、周防に逃れた。

山内上杉顕定らは宗瑞と同じ義澄支持派となったが、宗瑞に敵対する姿勢を保ったまま義澄支持派となった。文亀元年(1501年)から、細川政元はそれまで義澄、政元と結んで戦ってきた伊勢宗瑞、今川氏親に対する軍事的敵対政策へと転換する。これは「裏切り」といって良く、伊勢宗瑞はピンチに陥る。

小田原奪取問題、つまり伊勢宗瑞と大森氏との衝突は、細川政元の圧力によって、伊勢宗瑞、扇谷上杉氏、三浦氏、大森氏の同盟関係に亀裂が生じたためと考える。大森氏が4者連携から離脱し、扇谷上杉朝良は大森氏の挙動を離反、敵対とみなして、宗瑞が大森氏から奪った小田原城を占有することを認めていたのではないかと考えられる。

明応7年8月25日に南海トラフで発生した巨大地震と津波の前後に相模トラフ側でも巨大地震と津波が発生していたのではないかという研究が注目を集めている。巨大地震と津波で小田原城下が壊滅していたならば、大森氏は小田原から他所に避難していたと推測され、宗瑞は空き家になっていた小田原城を奪ったとも考えられる。その後、津波の記憶が風化して、宗瑞の騙し討ちの説話に結晶したのではないか。この地震が宗瑞に地域への密着を促し、中央からの自立化を強いたと考えられる。

永正4年(1507)年6月に細川政元が暗殺され、永正5年、大内義興の奉じる足利義稙が京都に帰り、義澄は近江に逃れた。永正8年に義澄が没した後、宗瑞の相模征服が本格化した。

私の感想

伊勢宗瑞が茶々丸を討ったのは足利義稙陣営と足利義澄陣営の対立における軍事行動であったという知識はあったのですが、茶々丸を討った後、細川政元に裏切られ、ピンチに陥っていたことは知らず、とても興味深かったです。細川政元が山内上杉顕定を誘い込む条件として、伊勢宗瑞と手を切ると山内上杉氏に約束していたかもしれませんね。

伊勢宗瑞の小田原城奪取を地震と関連付ける説も興味深かったです。地震が全く関係していないとは思えないので、今後の更なる研究が楽しみです。

戦国大名北条氏の歴史

シンポジウムが始まる前に「戦国大名北条氏の歴史」という本を購入しました。2018年は小田原開府500年目ということで、様々なイベントが開催され、その中の「小田原北条セミナー」、天守閣特別展関連の講演会の内容を基にそれぞれの講師の方が執筆したのが本書です。私はそれらに参加していないので、迷わず購入しました。時間の取れる正月休みにじっくり読みたいと思います。

最後に

今回のシンポジウムに参加して、「歴史は面白いな」と改めて実感しました。15日にシンポジウムの第2弾「伊勢宗瑞の小田原進出」が開催されますので、こちらも楽しみです。

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