茨城県立歴史館 特別展「佐竹氏」に行きました

特別展「佐竹氏」

訪問日:2020年2月15日
佐竹氏は小田原北条氏にとってライバルであり、北条氏好きの方々の佐竹氏への印象は様々でしょうが、私は戦国乱世をくぐり抜けた佐竹氏は凄い大名家だと思っています。そのような佐竹氏に関して、茨城県立歴史館で特別展「佐竹氏-800年の歴史と文化-」が2月8日から3月22日まで開催されています。

佐竹氏についての知識を増やす良い機会ですので、必ず訪れようと思い、訪れるならば、展示解説がある日が良いと考え、最初に展示解説がある2月15日に訪れることとしました。

水戸へ

特急ひたちに乗り、水戸駅まで。チケットはえきねっとのチケットレスサービスで購入しました。ひたちは乗り心地が良く、水戸までの移動は非常に快適なものでした。
私は歩くのが好きなので、水戸駅から歩いて茨城県立歴史館へ。少し距離がありますので、バスに乗るのも良いと思います。歴史館に到着すると、休憩を兼ねて喫茶室で徳川将軍珈琲を飲み、それから展示会場に入りました。
以下、自身で展示を見て、展示解説を聞いて、印象に残ったことを書きます。

特別展「佐竹氏-800年の歴史と文化-」

今回の展示は戦国大名佐竹氏の展示ではなく、800年というスパンで一族を見てみようという展示である。佐竹氏は平安時代から明治時代まで続いた数少ない大名である。

目玉展示

入ってすぐの場所に、甲冑と佐竹義宣像が展示してありました。

61. 人色皮包仏胴黒糸威具足

本甲冑には見所が3つあるそうで、1つ目は「人色」という名前の通り、胴が肌色になっていることです。人肌色になっているのは、遠くから見るとまるで胴を着けていないように見え、「胴を着ける必要がないぐらい強いんだぞ」とアピールしたのかもしれませんね。
2つ目は胴に弾痕の跡があり、大坂夏の陣での被弾と言われているそうです。
3つ目は毛虫の前立です。毛虫は前にしか進まない、つまり(負けて)後ろに後退することがないという意味があるのを知っていましたが、葉(刃)を喰らうという意味もあるそうです。

60. 佐竹義宣像

佐竹義宣を描いた有名な画ですが、描かれたのは明治時代だそうで意外でした。また左足が無いように見えるので「義宣は左足がなかったのですか」と質問されることが多いそうですが、左足を右足に乗せているので、そう見えるとのことです。

第一章 河内源氏、東へ

佐竹氏の元祖は清和源氏義光であり、清和源氏は奥州の内乱を収めましたが、内紛により京都での立場が危うくなり、その打開のため、義光は常陸にて今後の発展の活路を得ようとしたそうです。展示の各章の詳細な背景は図録に書かれていますので、図録を購入することをお薦めします。

4. 源氏系図

本系図は佐竹義重が幼い徳寿丸(義宣)の教育のために作成されたと考えられているそうです。教育用のためか、清和源氏だけではなく、小田原北条など他の一族も書かれています。
小田原北条氏は最初に早雲と書かれていました。伊勢宗瑞は自身では北条早雲と名乗ったことはなかったはずですが、この系図が作成された時代(天正期初年と考えられる)には既に北条早雲と呼ばれていたのだなと考えました。
また、四代氏政の隣には、大石源三殿、新太郎殿とありました。大石源三は北条氏照ですが、新太郎は誰かなと思い、家に帰ってからネットで調べると、ウィキペディアに北条氏邦の仮名として新太郎とありました。

第二章 守護は太田より(南北朝時代)

佐竹氏は鎌倉幕府初代将軍の源頼朝、江戸幕府初代将軍の徳川家康との関係はあまりよくありませんでしたが、室町幕府初代将軍の足利尊氏とは良い関係だったそうです。

17. 釈迦如来および両脇侍坐像

佐竹氏の菩提寺である清音寺に安置されていた仏像です。院派の作で、院派の仏師は足利尊氏と関係が深く、尊氏に協力した武士が治める地域の造仏事業も担ったそうです。仏像は素晴らしく、院派の中でも特に優れた仏師が造ったと想像でき、尊氏と佐竹氏の良好な関係を伝えるものだと思いました。

特論一 雪村・普光 -遍歴と遊行に生きて-

普光は佐竹一族の出であり、時宗の僧である。普光が藤沢上人になった時、藤沢にある時宗の総本山遊行寺は永正10年の伊勢宗瑞と三浦義同との戦禍に巻き込まれ、消失したままであった。天正19年(1591)、普光は佐竹義宣の招きで、遊行寺の本山の機能を藤沢から水戸へ移した。佐竹氏の秋田移封後も本山機能は水戸に残り、慶長12年(1607)に藤沢に戻った。

時宗の本山の機能が水戸に移っていたことを知らず、非常に興味深かったです。また何故小田原北条氏は遊行寺を再建しようとしなかったのか、小田原氏と時宗の関係にも興味がわいてきました。

特論二 富の源泉 -産金と製塩-

八溝山地には金鉱床が分布しており、「慶長三年蔵納目録」という史料によれば、金の運上ランギングでは、上杉景勝、伊達政宗についで第三位が佐竹義宣である。
発掘調査の結果、東海村村松から製塩施設が見つかり、それを統治、支配していたのが佐竹氏である。

佐竹氏の領内から金が取れるとは知らず、第三位の献上量ということも驚きました。また中世における塩の大切さも改めて認識しました。

第五章 天下人を仰いで(安土桃山時代)

佐竹氏は豊臣政権下では、徳川家康、前田利家、島津義久、毛利輝元、上杉景勝、伊達政宗、宇喜多直家に次ぐ大大名に抜擢された。

佐竹より上の大名は凄い大名家ばかりですので、これらの次に来るというのは改めて凄いと思います。

最後に

上述した以外にも佐竹氏800年の歴史を示す展示が多数あり、見所の多い展示でした。また今回久しぶりに水戸を訪れましたが、良い感じでした。茨城県は魅力度ランキングで最下位になっていますが、東京からのアクセスも良いので、歴史好きの方は是非今回の特別展に足を運び、茨城県の良さを体感しましょう。

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