鶴見れきぶん祭2020:寺尾城講演会に行きました

鶴見れきぶん祭2020

訪問日:2020年2月11日
鶴見れきぶん祭~鶴見には寺尾城があった。まちの歴史と文化にハマる1日!~」のことを初めて知ったのはTwitter上だったと思います。横浜市鶴見区でお城のイベントが開催されることに驚き、また​鶴見図書館開館40周年記念事業、鶴見まちづくり政策コンペ(横浜商科大学×鶴見区役所)入賞企画の初事業化であるということを知り、横浜在住の戦国時代好きとして、「これは応援しなければいけない」と思い、チケットぴあで前売券を購入し、楽しみにしていました。

当日の講演会は
・萩原さちこさんによる「戦国の城の楽しみ方、寺尾城の魅力」
・いなもとかおりさんによる「石垣の楽しみ方、教えます」
・「小田原北条氏、東へ!-小田原城と寺尾城-」と題して、小田原城資料館館長の諏訪間順さん、建功寺住職の枡野俊明さん、城郭復元マイスターの二宮博志さんによる座談会
から構成されていました。

以下、「小田原北条氏、東へ!-小田原城と寺尾城-」において、寺尾城に関する話で印象に残ったことを書きたいと思います。

小田原北条氏、東へ!-小田原城と寺尾城-

・建功寺は寺尾城主であった諏訪氏の菩提寺である。寺の記録によると、寺尾城主が足利尊氏を祀る白幡大明神を建立したとある。永享の乱では幕府方につき、乱後、扇谷上杉氏の被官となる。

白旗神社なので、祭神は源頼朝かと思っていましたが、足利尊氏なので驚きました。考えてみたら、鎌倉幕府初代将軍である源頼朝、江戸幕府初代将軍である徳川家康を祀る神社はすぐに思い浮かびますが、室町幕府初代将軍である足利尊氏を祀る神社は思いつきません。これは足利尊氏が天皇に逆らったという悪いイメージがあったことが理由かなと思います。
・小田原城主であった大森氏が扇谷上杉側から山内上杉側に寝返ったことから、扇谷上杉朝良は諏訪氏を伊勢宗瑞の小田原攻めに加勢させた。

この話はとても興味深かったです。伊勢宗瑞の小田原進出の話は昨年シンポジウムに参加して色々聴講しましたが、扇谷上杉氏の加勢もあったとは知りませんでした。
・永正7年(1510)から9年に諏訪氏は伊勢氏に被官したと考えられる。
・寺尾城は武田氏が攻めてきた時に滅んだという説もあるが、城が必要なくなったので、諏訪氏が住居を移した。
・南足柄市にある最乗寺は末寺が曹洞宗のお寺の3分の1を占めるほど重要なお寺である。最乗寺(曹洞宗通幻派)は小田原北条氏(北条氏綱)と協力して、共に東へ(相模から武蔵へ)勢力を伸ばした。有力な曹洞宗の寺院が鶴見川沿いに建てられている。鶴見川を天然の堀として利用、また鶴見川は鉄が取れるので、北条氏による鉄の掌握の意味もあったと考えられる。

北条氏綱と曹洞宗通幻派の関係の話はとても興味深かったです。このようなシンポジウムでは戦国大名の視点から語られることが多いですが、寺院(僧侶)の視点からの話は新鮮で、もっと深く知りたいなと思いました。

最後に

鶴見れきぶん祭はとても楽しいイベントでした。是非、継続して開催して欲しいと思います。鶴見は曹洞宗大本山である総持寺のイメージが強かったですが、これからは寺尾城も意識します。

また見た限り会場が8割ぐらい埋まっているのを見て、このようなイベントは地域活性化にも使えるのではと思いました。萩原さんが講演において「城が無い街はない、歴史が無い街はない」と話されていたとおり、日本のどの街においても今回のようなイベントを開催できると思います。「開催すれば、お城好き、歴史好きの方々が集まり、地域も潤うのでは」と単純かも知れませんが思いました。

追記

座談会で司会をされた二宮博志さんが書かれたブログが良かったので、以下にリンクを記載します。
一人の思いを繋いで花開かせた、鶴見れきぶん祭

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