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行田市郷土博物館 企画展「天正十八年~関東の戦国から近世~」の感想

忍城

訪問日:2022年11月3日
本企画展の開催を知った時、「天正十八年」と言えば、豊臣秀吉と小田原北条氏が戦った小田原合戦、忍城で言えば石田三成による水攻めがあった年であるとピンときて、興味深そうな展示なので必ず訪れようと思いました。また書状などの展示はその意味を理解するのが難しい場合が多いので、展示解説会がある日が良いと思い、解説会が開催される11月3日に訪れることにしました。
展示は4つのパートに分かれており、以下、それぞれで印象に残ったことを書きます。

1 成田氏長と忍城

歴史の中では、短期間のうちに様々な出来事が起こり、それまでの支配体制が崩れたり、社会の転換の契機となるなど、新しい時代の幕開けとなる年があります。関東地方ではそのような年はいつかと問われると、「天正十八年」という答えが返ってくるのではないでしょうか。

これには100%同意します。小田原北条氏が豊臣秀吉により滅ぼされた天正十八年は正に関東地方における時代の転換期だったと思います。

忍城は断続的に調査をされている。現在までで17回調査を行っており、今回の展示では13回目の調査で発掘された戦国時代の遺物が展示されている。

忍城が断続的に調査されているとは知らず、印象に残りました。

2 小田原合戦と支城

伝北条氏邦奉納三十二間兜はこれを見るために遠方から来館した人もいるぐらい有名なものである。

兜には三十二の神々の名前が刻まれており、図録によると、三十番神に鬼子母神と十羅刹女とのことです。三十番神、鬼子母神、十羅刹女は日蓮宗(法華宗)に関連深いので、氏邦は法華宗を信仰していたのでしょうか?
例えば氏邦は翕邦挹福(きゅうほうゆうふく)と書かれた印章を使用しており、印文の上には象が配置されています。
・象 → 普賢菩薩の乗り物
・普賢菩薩 → 法華経に登場する仏
・法華経 → 法華宗で最も大切な経
という流れで、氏邦は法華経を信仰していたと考えられなくもないと思います。

3 忍城水攻めの攻防

北条一門が城主だった八王子城などに対しては、城兵は全て討ち取れ等の激しい命令が出されていたが、忍城は異なり、城兵の命も助けるという方針だった。そのために力攻めではなく、水攻めをした可能性がある。

上記のような方針の違いがあったことを知らず、印象に残りました。忍城は水攻めが適しているからそうしたのかと思っていましたが、城兵の命を助けるには水攻めが一番だからそうしたのだと感じました。
石田三成は戦下手と言われ、その根拠として、忍城の水攻めに失敗したことが挙げられています。しかし、城兵の命を助けるために水攻めに適していなかった忍城に水攻めをしたために落城させることができなかったと考えれば、決して戦下手とは言えないと思います(誰がやってもうまくいかなかった)。

鉢形城を落とした浅野長吉(長政)が忍城攻めに合流したが、浅野長吉は力攻めをして、本丸の近くまで迫った。力攻めを出来たということは水がそれほど入っていなかった可能性がある。

今まで浅野長吉にはあまり関心がありませんでしたが、上記の話を聞き、興味を持ちました。たくさんの城を落とした後で忍城に来ており、アドレナリンが出まくっていたので、力攻めをしたのかもしれないという話は思わず笑ってしまいました。

4 徳川家康の関東移封

徳川家康が江戸(関東)に入ったことを家康入国と書くことがありますが、「入国」と書かずに「移封」と書いているのにはこだわりがあるそうで、その理由は次回の展示解説で是非お聞きください。

小田原合戦後、城代として松平家忠が入り、その後、城主として家康の四男である松平忠吉が入った。関ヶ原合戦後、忠吉は尾張に国替え、忍城は家康直轄となり、忍城周辺の寺社に家康の名前で朱印状が出されている。

上記より、あることが分かるそうで、その答えは図録に書かれていますので、是非、図録を購入してお読みください。

最後に

久しぶりの忍城でしたが、忍城水攻めの理解が深まり、訪れて良かったです。

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