日本お城サロン「日本最強の城 高取城を攻略ツアー」に参加しました

高取城

訪問日:2022年5月22日
「日本最強の城」と呼ばれる高取城には以前から訪れたいと思っていましたが、以下の2つ希望がありました。
(1) 駅から歩いて、高取城に行きたい
(2) ガイドの方の案内の下、高取城に行きたい
1つ目の希望は個人で行けば達成できますが、2つ目が実現できません。一方、旅行会社のツアーに参加すれば、2つ目は達成できますが、1つ目ができません。そんな折、まいまい京都が「日本お城サロン」を立ち上げ、藪内成基さんの案内の下、壺阪山駅から歩いて高取城を訪れるツアーを企画しました。よって、早速申し込み、幸いにもツアーに参加できることになりました。

土佐街道

当日は壺阪山駅に集合。天候を心配していましたが、無事晴れました。お城を訪れての感想ですが、山道を歩きますので、高取城は雨の日には訪れないほうが良いと思います。また、アブ、ハチ、マムシも出るそうで、初冬から晩春までが訪れる時期かなと思います。今回のツアーも梅雨前の新緑が一番美しい時期を選んだそうです。

最初に少し話があり、「このあたりは吉野への入口となる重要な拠点だったので、城が築かれた」という話が印象に残りました。吉野といえば南朝が開かれた場所であるため、時の政権に反抗する者たちの拠点になりやすいと考え、城を築いたのだと思いました。

駅から少し歩くと土佐街道に合流。このあたりは薬草が有名とのことで、確かに薬関係の施設が多かったです。
・石川医院:藩主下屋敷の表門が移築されています。

石川医院:藩主下屋敷の表門

石川医院:藩主下屋敷の表門

・夢創館(むそうかん):高取城のグッズ等を販売、御城印もあります。また、くすり資料館もありました。

夢創館

夢創館

・松ノ門:廃城時に小学校の校門として移築され、火災により一部消失後、残部材により復元された門です。

松ノ門

松ノ門

・植村家長屋門:海鼠(なまこ)壁が特徴で、旧藩主の植村家の住居となっています。

植村家長屋門

植村家長屋門

などを紹介していただき、特に植村家長屋門は海鼠壁、現在の旧藩主の住居となっていることで、強く印象に残りました。また「駅から歩くことによって気づくこともある」とも話され、本当にその通りだなと感じました。

土佐街道は「高取城大手筋に続く旧城下町の街並みが今も味わえます」とあるように良い感じの街道でした。ちなみになぜ土佐という名前がついているかというと、大和朝廷の都造りの労役で、土佐国から出てきた人がこの地に住み続けたからだそうです。

そのまま道なりに歩くと、砂防公園に到着。ここには、休憩スペース、トイレ、自動販売機があり、特に自動販売機はこの先有りませんので、飲み物が必要な方は買っておく必要があります。トイレは土佐街道にもいくつかあり、また先の二ノ丸にもあります。

郭内

高取城では、黒門をくぐった内部を「郭内」、二ノ門から本丸を「城内」と呼び、区別していました。
郭内に入るとまず植村家の菩提寺である宗泉寺に立ち寄りました。こちらには、六代家道と七代家久のお墓などがあります。ちなみに植村家は徳川家康から「家」の字を与えられ、代々名前に「家」の字が含まれているそうです。

参道の脇は沢のようになっており、高取城は水が豊富だなと思いました。水が豊富だから、山に城を築いたのでしょう。その後、「七曲がり」と呼ばれる何度も曲がる道があり、敵を防ぐために道を曲げているのではなく、登りやすくするために道を曲げているのではないかと話しました。

次は「一升坂」と呼ばれる直線の上り坂がありました。名前の由来は急坂であるため、荷物を運ぶ人夫に米一升を加増したことによるそうです。多くの人は名前の由来の興味が向くと思いますが、私は「直線の上り坂」にも興味を持ちました。
本ブログで紹介したことのある、小牧山城、安土城、彦根城に見られる、身分を区別するための直線の上り坂です。

一升坂があるのは、「城内」の境界である二ノ門の直前です。ですので、一升坂が「郭内」と「城内」の境界、つまり、身分の違いを示すものと考えてもおかしくはないと思います。

最後は「猿石」です。猿石は今回のツアーで楽しみにしていたものの一つです。事前に写真で見て大きなものを想像していましたが、想像より小さく、高さ85センチ、幅75センチ、暑さ65センチとのことです。
像に隣接する案内には
明日香村から掘り出され、高取城築城の際に石垣材として運ぶ途中にこの場所に置かれたようである。
とありましたが、石垣に転用するため運ばれてきたのではなく、「郭内」と「城内」の境界を示すアイコンとして、この場所に設置されたという説のほうが相応しいと思います。

猿石

猿石

城内

二ノ門の左脇に、山城では珍しい水堀があります。水堀も今回のツアーで楽しみにしていたものの一つです。訪れた当日も水をたたえており、山城に水堀の風景はとても不思議な感じがしました。

水堀

水堀

次は国見櫓に行きました。名前の通り、大和国がよく見える場所です。この日は天気が良かったこともあり、景色がとても綺麗でした。

国見櫓からの景色

国見櫓からの景色

本丸に向かって歩を進めますが、このあたりは石垣が崩落している箇所が多数あります。「日本最強の城」と呼ばれ、人気のある高取城ですが、保存整備に関しては大きな課題があります。地元の奈良県だけでなく、全国レベルで考えるべき課題だと思います。

崩壊している石垣

崩壊している石垣

網で崩壊を防いでいる石垣

網で崩壊を防いでいる石垣

大手門に到着。立派な石垣です。

大手門

大手門

太鼓櫓の石垣も立派です。

太鼓櫓の石垣

太鼓櫓の石垣

そして、高取城の紹介写真によく使われる本丸天守台の石垣です。後ほど、天守台に登り、石垣の端に立って下を覗きましたが、とても怖かったです。

本丸天守台の石垣

本丸天守台の石垣

本丸の桝形虎口も立派です。

本丸の桝形虎口

本丸の桝形虎口

山頂にこんな立派な石垣があるのは本当に不思議です。

壷阪寺へ

本丸で昼食を取った後、壺阪口門から壷阪寺に向かいましたが、こちらの道はお城に向かった道よりも厳しい道に感じました。元々は壷阪寺の僧が修行として使っていた道だそうで、雨天時に傘を持ってこの道を下るのは無理ではないかと思いました。

ただ、この道を下ると巨石に刻まれた五百羅漢や両界曼荼羅を拝観できますので、下る価値はあると思います。

五百羅漢

五百羅漢

両界曼荼羅

両界曼荼羅

最後に

今回は、ガイドの方の案内の下、駅から歩いて高取城を訪れるという目的が達成でき、本当に良かったです。昨年のお城EXPOで高取城のパンフレットなどをもらっていましたが、ツアー前にそれらを読んでもイマイチ頭に入りませんでした。しかし、ツアー参加後に読むと、すっと頭に入り、理解できるようになっていました。

日本お城サロンでは今後もオンラインでのお城の話、現地ツアーが予定されていますので、学んでいきたいと思います。

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