知恵泉「戦国の教育術 北条氏綱 氏康親子 弱点を強みに変えろ」の感想

2月19日、NHKのテレビ番組「知恵泉」で「戦国の教育術 北条氏綱 氏康親子 弱点を強みに変えろ」が放送されました(最初は2018年9月4日に放送されたようです)。

知恵泉のサイトには

関東の雄と呼ばれた名将、北条氏綱。しかしその息子の氏康は、家臣にも笑われるほどの、度し難い臆病者。武将として致命的な弱点をもった息子に、父氏綱が習わせたのが意外にも算術だった。当時、算術は、武芸が本分の武士が習うべきものとされず、軽んじられていた。なぜ臆病者に算術だったのか?後に、臆病者の氏康は、戦に強い勇敢な武将に成長した。氏綱の、常識に惑わされない、弱点を強みに変える逆転の教育術の神髄に迫る!

とあり、面白そうなので、放送を楽しみにしていました。以下、番組を見た感想です。

無用な人間などいない、どんな人にも必ず才能がある

北条氏綱は息子・北条氏康の臆病という弱点を「慎重で思慮深い」とポジティブにとらえ、それを合理的に考える能力として長所にしようと算術を習わせたと説明していました。そして、氏康は初陣である小沢原の戦いで、扇谷上杉軍の矢戦に応じず、合理的に戦ったので、勝利したと紹介していました。

正直、氏綱が氏康に算術を習わせた理由が合理的に考える能力を長所にしようとしたからという解釈には賛同できませんでした。それよりも、ゲストの藤原和博さんが言った「算数ができるようにしたかったのではなく、自信をつけさせたかった」の方が同意できました。

私は氏康が家臣にも笑われるほど臆病だったならば、自信を失っていたと思います。氏綱は氏康の日頃の動作を見てるうちに「算術に才能があるのでは」と思い、(一つことを誰よりも上手にできるという)自信をつけさせるために算術を学ばせたのだと考えます。また、氏綱は北条家が領土を拡大するにつれ、当主自身が算術に明るくなくてはならないと実感していたとも思います。

氏綱が氏康の日頃の動作から長所に気づいた理由は、番組で紹介された氏綱の家訓「この世には不要な者などいないと心得よ(無用な人間などいない、どんな人にも必ず才能がある)」が背景にあったからだと考えます。そういう思いで人を見ていると必ず何かに気づくと思います。

氏綱の別の家訓として「勝って兜の緒を締めよ」も紹介されていました。小和田哲男さんが「氏綱が考えた言葉ではないだろうが、文字として残したのは氏綱が最初だろう」と話されていました。私は最初に言ったかはあまり重要ではないと感じます。上で話した「無用な人間などいない、どんな人にも必ず才能がある」も氏綱以前からある言葉だと思います。大切なのは、その言葉を実践しているか否かだと思います。氏綱は「この世には不要な者などいないと心得よ」と「勝って兜の緒を締めよ」を知って以来、実践してきたからこそ、それらの言葉を最後に氏康に送ったのだと思います。この番組を見て、「良い言葉だな」だけで終わる人と「良い言葉なので、明日から実践しよう」とする人では大きく違います。

歴史的なこととしては、
・氏康は公事赦免令という税制改革をした
・1540年、北条氏綱、氏康父子は東国武士の精神的支柱である鶴岡八幡宮を再建した
が印象に残りました。


最後に

北条氏綱は初代・早雲、三代目で武田信玄や上杉謙信と戦った氏康の間に挟まり、印象が薄かったのですが、この番組を見て、印象が変わりました。やっぱり、歴史は知れば知るほど面白いです。

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