武田氏館(山梨県甲府市)

武田氏館とは

武田氏館(躑躅ヶ崎館)は、武田信虎が1519年に石和からこの地に館を移したことから始まり、武田三代(信虎、信玄、勝頼)及び武田家滅亡後に甲府城が新たに築かれるまでの約70年にわたり、この館一帯は、領国の政治、経済、文化の中心地として発展しました。
※1581年に武田勝頼が新府城を築城し、本拠地を移転したため、一時機能を失いました。

館は一辺が約200メートルの正方形の主郭(現、武田神社)を中心に、西曲輪、味噌曲輪、御隠居曲輪等とによって構成された平城形式のものです。館の回りには、武田24将を始めとした家臣の屋敷が建てられ、南方一帯には格子状に整備された道路に沿って、城下町が開けていました。この館と城下町は、戦国時代の大名の本拠として、第一級の規模と質を誇るものです。

武田氏館跡にある案内板を参照

雑感

武田家ゆかりの地として、最初に思い浮かべるのが武田氏館です(日本百名城では武田氏館という名前になっていますが、個人的には躑躅ヶ崎館の方がしっくりきます)。

武田氏館は武田三代(信虎、信玄、勝頼)の本拠地でしたが、訪れるとやはり信玄のイメージが一番強く感じられます。旧大手門を眺めていると、戦国最強と言われた武田の武将たちが出陣する景色が目に浮かびます。また武田家滅亡後に築かれた遺構も残っていますので、武田家の後、甲府を治めた武将たちの思いも感じることが出来ます。

武田氏館は戦国時代好きならば、必ず訪れたい場所の一つです。

訪城記

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