杉山城(埼玉県比企郡)

杉山城とは

杉山城跡は、戦国時代の山城跡です。鎌倉街道を見下ろす丘陵の尾根上におよそ10の郭を配置した縄張となっています。各郭は横堀や帯曲輪が囲み、塁線には折が連続します。木橋や土橋を用いた様々な形態の虎口(郭の出入口)には侵入方向に対し、真横からも矢を射掛けて防御する横矢掛りが施されています。また、こうした高度な築城技術により、知名度が高く、「築上の教科書」「戦国期城郭の最高傑作のひとつ」という評価がなされてきました。

一方、城主や築城年代については記録がなく不明で、高度な築城技術から「小田原北条氏の城」として広く認識されていましたが、平成14年からの発掘調査で城の年代や歴史的な背景が分かってきました。

戦国時代の初め頃、関東では関東管領山内上杉氏と同族の扇谷上杉氏による抗争がありました。嵐山町は、山内上杉方の鉢形城と扇谷上杉方の河越城の中間にあたり、長享2年(1488)には須賀谷原(嵐山町)で多くの死者を出す激しい戦闘がありました。杉山城跡から出土した遺物の年代は、この戦いの少し後にあたり、杉山城は山内上杉氏が扇谷上杉氏に対抗するために築城したものと考えることができます。

パンフレット「杉山城跡」を参照

雑感

私は戦国時代が好きですが、室町時代を連想させるためか、山内上杉氏、扇谷上杉氏、関東足利氏にはあまり興味が湧かず、戦国時代初期の関東地方の解説を読んでも、中々頭に入ってきません(上杉○○、足利○○とか似たような名前が多く、この武将は誰だったかなと考えることが多々あります)。

そのような中、2019年は伊勢宗瑞没後500年ということで、様々なイベントがあり、伊勢宗瑞の生きた時代を学びました。すると、山内上杉氏、扇谷上杉氏にも興味が湧いてきましたし、歴史は当たり前ですが過去からの流れであり、前の時代を知っていたほうがより楽しめるので、戦国時代の関東地方全体に対する興味もアップしました。

山内上杉氏が築いたとされる杉山城は保存状態が良く、遺構が良く理解出来るので、特にお薦めの山城です。

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