犬山城(愛知県犬山市)

犬山城とは

織田信康が天文年間(1532-55)の初めに木之下城を移して築城したと伝えられています。江戸時代初期にかけて城主はめまぐるしく入れ替わり、その中で何度も攻防の舞台になっています。永禄8年(1565)城主の織田信清は美濃の斎藤氏と組み織田信長に対抗しました。信長は犬山城を包囲し瑞泉寺を焼き払い、信清は犬山を追われ申斐へ逃れました。また小牧長久手合戦では、羽柴秀吉は大坂から犬山城に入り、小牧山城に陣を敷いた徳川家康と相対しました。

江戸時代に入り元和3年(1617)成瀬正成が2代将軍である徳川秀忠から犬山城を拝領して以後は、幕末まで代々成瀬氏が城主を務めましたが、明治4年(1871)7月、廃藩置県で犬山藩は終わりを迎え、天守を除いて櫓や門の大部分は取り壊され、公園となりました。

明治24年の濃尾地震で天守は大きな被害に見舞われました。同28年、愛知県から修復を条件に旧城主である成瀬氏に譲渡され、多くの市民からの義援金により修復工事がおこなわれました。現在は犬山城白帝文庫の所有となり、犬山市が管理をおこなっています。なお、天守は昭和10年、国宝に指定されました。

犬山城は木曽川に面した標高85メートルの山頂に天守を構えています。天守の高さは19メートル、自然石を野面積みした5メートルの石垣の上に建ちます。

城とまちミュージアムにある案内を参照

雑感

犬山城は、松本城、彦根城、姫路城、松江城と並び国宝に指定されています。天守は単独でも素晴らしいですが、木曽川越しに見るその姿は更に美しいと感じます。
犬山城は2004年までは日本で唯一の個人所有の城であったことは知っていました。しかし、上述したように濃尾地震の被害のため、成瀬氏に譲渡されたという事実は知らず、驚きです。

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